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断層のランク分け急務中日新聞,1995年 2月7日(投稿)

[ 守るものは ]

 ひとたび起きれば都市を壊滅させるような活断層地震がいつ起きるかを予知する方法は現在のところない.明日かも知れないし千年後かも知れない.決して無視できないが,地震が発生することを前提とした都市構造に大改造することは容易ではない.予知に頼らず都市の造りを強固にすることを東大地震研究所嶋本助教授は提案しているが,全国に1500以上ある活断層をすべて考慮して都市を改造することはなかなかできそうにない.

 そこで必要となるのが地震発生可能性による活断層のランク分けである.今後,活断層の過去の活動歴を調べあげていけば,この作業は可能になるだろう.初めから全部の活断層について対策を講ずることは経費の面からも難しいが,防災対策はことの性格上,急を要する.ランクの高いものから順に対策を立てていくことが妥当であると考える.

 ところで,具体的な対策を考える場合,「何を守るべきか」を議論しておく必要があろう.高速道路や鉄道の橋脚が倒壊した事実は衝撃的で,高額の税金をかけて造られた社会資本が壊れることはたしかに困ったことではある.しかし,それよりなにより重いのは人命であり,活断層地震の対策として最初に検討されるべきことは「いかに人を殺さないようにするか」の一点ではないか.今回,政府や自治体の災害復旧活動に対する批判も高まっており,その点の検討ももちろん実施されるべきものであるが,これらは他の自然災害の場合にも共通する問題なので,「活断層地震対策」として新たに検討されるべきことではなく,準備不足を批判されてもしかたない.

 建築学の専門家は今回倒壊した建物は建築基準法改訂以前のもので,倒れるべくして倒れたかのような判断を示しているが,そもそもそのような建物が活断層の上に放置され,そのなかにそうとは知らされず人々が住んでいたことに問題がある.活断層の上に病院が建っている,学校がある,各種福祉施設がある,このようなことは今後絶対に許されるべきではない.経費の如何に関わらず,第1番目に改めるべきことではなかろうか.地震の危険性の高い活断層近傍の家屋の耐震化についても助成すべきである.

 今後百年程度という長期を想定した場合でも,ある断層が地震を起こす可能性は一般には非常に低いため,そこに講じた対策の効果が現れる可能性もわずかである.それを承知で投資しなくてはならず,そもそも完ぺきな対策を目指して巨額を投ずることには合意が得られにくいであろう.今回の地震をきっかけに「今後解決すべき最優先の課題は何か」を議論し,そこから優先的にやっていかなければならない.それは地震危険度のランクの高い活断層から対策を,という論理と全く同じである.今後,高速道路や鉄道等の社会資本だけが補強されて,それでおしまいになってしまっては,今回の地震の教訓としてはお粗末すぎるのではなかろうか.

[制限法は]

 広島大学中田助教授は数年前から,活断層上の土地利用を制限するアメリカカリフォルニア州に習った法律の必要性をたびたび提言していた.私は個人的には,活動周期の長すぎる日本の活断層について,アメリカ流に厳しく法規制することには賛成できないが,地震による被害を抜本的に軽減するためにはある程度はこれに習う必要があるかも知れない.中田助教授の主張する,断層の上に病院・学校・福祉施設等や原発を置かないということに異論はない.カリフォルニア州では一般の民家についても断層直上に建築することは基本的に禁じられているという.カリフォルニア州の活断層は活動周期が百年程度と短いため,このような規制も一般に受け入れられていて,撤廃よりむしろ強化を求める人の方が多いという.しかし,日本では活断層の活動周期が人間の寿命よりはるかに長いため,同じ規制をすることには無理があり,日本流のアレンジが必要であると思う.

 「要警戒断層」が指定された場合,断層周辺地域の地価が下落する可能性が大きい.アメリカでは地震保険料率やローンの利率にまで影響が出たらしい.このように断層近傍の居住者には著しい不利益が生じる危険性がある.これについては混乱を避けるためにも,何らかの方法で社会が補填することが望ましい.また,移転や耐震構造化を希望する場合には助成すべきではなかろうか.「要警戒断層」指定は我々の幸福のために行うものであり,副作用として特定の人が不幸になることは極力避けたい.仮に警戒地域指定され,ある程度土地利用が制限されても,少なくとも経済的には保証され,また耐震構造化等の適切な処置によって安心が手にはいる,といった施策があれば,混乱を招くことなく活断層対策が進展するのではなかろうか.

[課題は]

 「活断層の通過地点を掘って調べるトレンチ調査をやれば,簡単に将来の地震発生の可能性がわかるか」というと,決してそうではない.いくつかの活断層についてはトレンチ調査によって過去の8~10回程度の活動時期が判明し,そこから将来の地震発生可能性の大小がわかっている.しかし,わかるまでには相当多くのトレンチ調査を必要とした.トレンチ調査は地層の乱れ具合で過去の地震の証拠を探す調査であるため,地層が欠落していればわからない.過去1万年間に地層が途切れることなく堆積したことが予想される場所を狙ってトレンチ調査は行われるが,いつも予想通りというわけにはいかず,仮に2千年~3千年前の地層が欠落していると,その間の地震は見つけることができないといった具合になる.調査を成功させるには単に地質学ばかりでなく,古環境を過去にさかのぼって推定することのできる地理学的な能力も必要となる.

 なかにはトレンチ調査ではわからない断層もある.濃尾平野西部の養老断層はその例で,断層通過地点が養老山地から流下する扇状地に厚く覆われていて,正確な位置すらわからない.このような場合には,浅層反射法地震探査とよばれる超音波診断のような方法や,大規模なボーリング調査が必要となる.関東平野のような軟弱な地層の極端に厚い地域で問題となる,未確認の伏在断層の発見にも同様な手法が必要となる.

 活断層地震対策を検討する上で現在最も有力視されるトレンチ調査ですら,このように(また,この他にも)技術的にはいろいろな問題を抱えており,決して万能ではない.今後,これを補足する新たな調査法の開発も必要となろう.

 技術的な問題もさることながら,さらに深刻なのは研究者・調査技術者の不足である.活断層をこれまで本格的に調査してきたのは,通産省工業技術院地質調査所地震地質課と,全国いくつかの大学の地質学および地形学の研究者,それに一部の地質コンサルタント会社および電力会社関連の研究所であった.とくにこのうち科学者にとっては,そもそも大地の変動のメカニズムを知るために活断層を手がかりにしていたのであって,活断層そのものの防災対策を本業とはしていなかった.

 今後は,活断層対策を専門に研究し,同時に自治体の防災部門や民間の断層調査業に従事しうる人材を養成する専門機関(仮称:活断層研究所)が必要になる.そこには活断層調査部門の他,防災工学・建築地盤工学や,政策や法律面の整備についても検討できるセクションを併設すべきである.以上のような総合的な対策を本格化させるまでには,少なくとも10年から20年の歳月と,相当な費用がかかることを覚悟しておく必要があろう.