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活断層対策 議論の時 中日新聞,1995年 1月25日(投稿)

 今回のような地震災害を目の当たりにすると,活断層に対して恐怖心が高まってくる.活断層は地震を引き起こす元凶として確かに恐ろしいものであることは事実だが,やみくもに恐れ疑心暗鬼になる必要はない.

 それは,ひとつの活断層が動くのは千年~数千年に一度の出来事であり,その点からいって我々が,自らの居住値近くの活断層が地震を起こして被害に遭遇することは滅多にないからである.およそ20年前には,活断層が存在することはすでに明らかになっていたものの,その後もずっとそう考えてとりあえず安心してきた.今回のような地震を経験すると,これまでのようには安心していられなくなってきたが,日本の活断層がおおむね千年以上の間隔をおいてしか動かないということは事実である.

 疑心暗鬼になる必要がない最大の理由は,科学的な調査が充分可能であり,それに基づいた対策も講ずることが可能であるからである.まず第1に活断層の存否はかなり高い精度で判定できる.すでに15年前に「日本の活断層」という本が東大出版会から公刊され,その中で全国の活断層分布が縮尺20万分の1の地図上に示されている.これを見れば自分の居住地付近に活断層があるかないかすぐわかる.もちろん近所になければ不安はたちまちのうちに解消できるわけである.

 さて,不幸にも居住地付近に活断層があったらどうか.その場合には,その活断層が過去においてどれだけの周期で地震を起こし,また最近の地震は何年前に起きたのかを科学的に調査することで,将来の地震発生の切迫具合がわかる.例えば,千年周期で地震を起こしている断層が,百年前に地震を起こしていることが明らかになれば,今後の数百年間は安全ということになる.しかし,過去に千年周期で活動していた断層が,最近千年近く地震を起こしていないという場合には,地震発生確率が高いと判定される.

 ところでこのような判定にも精度の限度がある.それは,断層が正確な時計を持って活動しているのではなくて,活動周期にばらつきがあるらしいからである.したがって,あと何年後に地震が起きると断言することはできない.それが活断層地震の直前予知は不可能であるというひとつの理由であり,直前予知の新技術が今後開発されることを待つしかない.それにしても地震の長期的な切迫具合は知ることはできる.

 さて,この方法によって要注意の活断層と判定されたら,いよいよ防災計画を立てる必要がでてくる.今回の地震でも活断層近傍に被害が集中することは立証されている.活断層の分布を考慮して病院・学校等の公共施設や,各種福祉施設等を再配置する.ライフラインについても再配置を検討し,被災が想定される箇所には耐震構造化,安全弁の設置を図り,さらに効率的な復旧計画をあらかじめ検討しておく.活断層近傍の家屋については室内外の耐震化を図る.その他にも,活断層の分布と地盤条件から地震の揺れの大きさの分布についても予測可能であるので,詳細な被害想定に基づいた具体的な防災計画を立案することができるはずである.

 また,要注意断層のリストアップができれば,その断層沿いに各種観測網を配置し,短期的な予知を行うことも将来的には可能になるかも知れない.以上は活断層地震対策のひとつのシナリオである.議論はいま始まったばかりで,たぶんに私見をまじえていることをお許し願わなくてはならないが,ここで重要なことは,活断層地震対策は充分に可能であるということである.

 ただし,活断層調査には相当の時間と経費が必要であり,現状の調査体制では対応しきれない.また,上述のような防災計画を実行するには,とくに都市化が進んだ地域では住民の相当な理解なくしてはできない.したがって既存の自治体組織や調査機関に,現体制のまま対策立案せよと要求するには明らかに無理がある.もちろん経済的な新たな負担をも覚悟しなくてはならない.日本列島で安心して暮らしていくための代価として安いか高いかを含めて,今こそ活断層地震対策の必要性を住民レベルで真剣に議論する時であると私は思う.